(1)出発:デルンシュタイン〜ドナウ河  (2)メルク修道院  (3)ザルツブルクT・  (4)ザルツブルクU  
 (5)ザルツカンマーグート  (6)グラーツ (7)ウィーンT  (8)ウィーンU
<役に立つもの>
昨年の旅行記にも書いていますが、持って行ってよかったものがいくつかあります。 まずは、スリッパ(笑)長〜い飛行機の中やホテルでは重宝します。 日本のホテルには常備されていますが、ヨーロッパでは備えられていない事の方が多いのです。
それから、パジャマ。これも日本では浴衣が常備されていますが、 ヨーロッパにはそういうものはありません。湯上りに何かないとやっぱり落ち着きませんよね。
次に、変圧器です。ヨーロッパのコンセントは日本のものと形が違う上に電圧も違うので、そのままでは 日本の電気製品は使えません。そこで、カメラの充電池をはじめとして、変圧器が大活躍することになりました。
次に、変圧器付の湯沸かし器。ドイツと違ってオーストリアの水道水はそのままでも飲む事ができます。 でもやっぱり沸かした方が美味しいです。ホテルの部屋では湯を沸かすことができないし、 湯が欲しいからといって、いちいちルームサービスを頼むのは面倒です。 そこで、部屋でちょっとコーヒーを飲みたい時にはこれがあればバッチリ♪ コーヒー好きのボクたちは重宝しました。
船から下りて、メルク修道院にやってきました。しかし、下船途中から雨が激しく降り出し、 しばらくはやみそうにありません。ちょうど昼食の時間、ボクたちは修道院に隣接するレストランに 駆け込むように入りました。食事の間に雨が上がってくれれば・・と思ったのですが、空しい期待でした〜
このベネディクト派の修道院が、イタリアの作家ウンベルト・エーコー(Umberto Eco)の小説 「薔薇の名前」の舞台ともなったことはあまり知られていません。 修道院の見学は庭と聖堂の1部であれば無料で可能ですが、内部もじっくり見学する価値があります。 内部の見学はガイドツアーと自由に散策できるものがあります。
これは、修道院入り口から、「高位聖職者の庭」という広い中庭を見た図ですが、傘をさしながら・・暗かったです〜
でも、中に入ってしまえば、雨には関係ないですよね。
<内部見学>
 修道院の中に入ったところです。「皇帝の階段」ピンク色の階段の途中にある、 カール6世のモットー「不変と不屈」を表す漆喰彫刻。 何故ピンク色なのか・・?
<マリア・テレジア>
ハプスブルク家の領国と家督を相続したマリア・テレジアと、 その夫、神聖ローマ皇帝フランツ1世。しかし、夫であるフランツはフランス国境沿いの小国ロートリンゲン公国 出身の養子的存在で、実際の政治的権力をほとんど持っていませんでした。
<聖ベネディクト>
メルク修道院は、ベネディクト派の修道院。聖ベネディクトは、480年頃ナルシアで生まれ、 540年頃モンテカシノで亡くなったそうです。 部屋はブルーの照明で、幻想的な雰囲気を出していました。
<緑の展示室>
そういえば、サウンド・オブ・ミュージックのマリア先生の出身修道院としてよく知られている、 ザルツブルグのノンベルグ修道院(Stift Nonnberg)もベネディクト派に属し、 ヨーロッパでも一番古い女子修道院です。
<皇帝の回廊>
バ−ベンベルグ家初代の支配者レオポルド1世から、ハプスブルク家最後の皇帝カール1世までの オーストリア支配者の全肖像画が飾られています。 その殆どは、1759以前に専属の画家によって描かれたとのこと。
<マリア・テレジア>
女帝マリア・テレジアは、後の神聖ローマ皇帝フランツ1 世と結婚して16人の子供をもうけた「祖国の母」として、 今も国民に慕われています。父カールVI世の死後、オーストリア女帝として君臨。政治的手腕に秀で、 教育制度の改革や産業の振興に努力しました。 夫を亡くした1765年より、長男ヨーゼフII世との共同統治を始めましたが、 深い悲しみから生涯喪服を脱ぐことはなかったとされています。娘のひとり、 マリー・アントワネットは、フランスのルイ16世に嫁ぎましたが、フランス革命に遭い断頭台に消えたことはご存知の通り。
<展示物>
メルクは、 ヴァッハウ渓谷上流入り口にある町で、 BC4C頃ローマ軍の砦が置かれたそうです。後にバーベンベルク家が居城を構え、 以後ずっとハプスブルグ家の時代を通して、重要な軍事拠点だったとのこと。
<キリスト像>
この十字架のキリスト像は、メルクのオリジナルではなく、ウイーンから運ばれたものとのこと。 メルク内部の撮影では、フラッシュは禁止されています。 部屋の中は暗いので、手持ちで撮るとたいていはテブレを起こしてしまいます。
<展示物>
こういう金の聖水杯や像がたくさん展示されています。 ライトの光が金やガラスに反射して綺麗だったので、写してみました。
<キリスト受難の図>
宝物殿の最後にあったアルターピースです。 これらの絵は、見ての通りキリスト受難の図ですね。
<メルク修道院>
メルク修道院は、東西320mの規模を持つオ−ストリア屈指のバロック建築です。 65mの尖塔を持つ中央の教会を取り囲んで、57mの断崖の上に建っています。オ−ストリアバロックとしてだけではなく、 ヨーロッパのバロック建築の中でも代表的な建物です。
<大理石の間>
暗い展示室から突然、明るく大きな部屋に出ます。 これが大理石の間、催し物と食事のために使われた部屋とのことです。 この金の彫り物は木製で、金箔で覆っているとのことです。
<フレスコ画>
フレスコ画は、チロルの画家ポール・トロガ−の1732の作品で、『暗闇から人々を、近代化と文化の光に導く教え』。 ライオンに引かれる車は知恵のシンボルで、闇・悪魔・残忍さ等の世界から、 光・善・美しさの世界へと導いているのだそうです。
<部屋全体>
大理石の間入り口方向を見た図です。こんな部屋に居たら、全然落ち着かないのですが(笑) 観賞用としては実に見事なものです。修道士や信徒の廉価な労働力と技術があってこそ実現できた建物でしょうね。
<テラス>
大理石の間から出ると、テラス。そこから図書館の入り口へと続きます。 外はまだ雨が降っていて、傘をさしながら急ぎ足での撮影です。 正面教会の塔は、1738の火災の後ヨセフ・ムンゲナストによって作り直されたのだそうです。
<雨のメルク>
テラスからメルクの町を見渡す事ができ、素晴らしい眺めでした。 が・・残念ながらちゃんと写っていたのはこれだけです。 晴れた日にもう一度見てみたいです〜
<薔薇の名前>
イタリアの記号学者ウンベルト・エーコのベストセラーミステリーですが、映画「薔薇の名前」にもなっています。 あらすじは、1323年「決して名を明かしてはいけない」ベネディクト派の修道院に、 会議の出席のためフランチェスコ派の修道士バスカヴィルのウィリアム(ショーン・コネリー)と その弟子メルクのアドソ(クリスチャン・スレイター)がやってきた。 しかし、そこで修道院の図書館に隠された「禁書」を巡る連続殺人事件が起き・・。
当時の修道僧の生活や、教会宗派の考え方の違い、異端審問会など・・興味のある方にはたまらなく面白いです。
<図書館>
蔵書10万冊といわれる図書館。ここは修道僧の勉学の場だったそうです。 「薔薇の名前」の修道院にも図書館がメインステージとして登場しますが、こんな豪華なものではありませんでした。 こんなきらびやかな飾り付けを行ったのはもっと後になってからでしょうね。
それにしても、手書きの蔵書も含めて10万冊・・背表紙だけでも壮観です。
<図書館>
中世においては、書物は貴重品でした。焼失を恐れて、暖房や火の気のある場所では、 決して本を読めなかったといいます。ただ、ギリシャやローマの古典本は「禁書」として 表には出されなかったようです。
修道院内部は、フラッシュを禁止されていますが、撮影はOKです。 で、邪魔にならないところで三脚を立てたのですが、 係員のお姉さんがやってきて「Do you speak Engrish? No flash No this・・」と言って三脚を指差します。 ここの本は貴重な財産、厳重に守られているようです。
<礼拝堂>
図書室から螺旋階段を降りてくると修道院付属の礼拝堂。
さて、「薔薇の名前」の舞台となっているのはベネディクト派修道院ですが、その創始者ベネディクトが重視した 「労働と祈り」に表されるように、修道院では自給自足が原則とされます。 農業、建築、印刷、医療などすべてが修道士たちの労働によって行われました。
<礼拝堂>
荘厳というより、豪華絢爛な礼拝堂です。 「メルク修道院の歴史や文化的背景は、一方では重荷ではあるが、同時に、教会としての使命を果たすための大きな可能性を 持っており、常に祈りと労働の中心の場であってほしい。我々は伝統を基礎にしながら、自由な精神を保っている。」 とのこと。(ブルクハルト・エレガスト第66代修道院長の言葉)
<フレスコ画>
礼拝堂の天井に描かれているフレスコ画。
フレスコ画はJ,M,ロットマイヤ1716〜1717年作。
<螺旋階段>
外に出る前に螺旋階段を見上げました。 階段の下にも素晴らしい模様が描かれています。 一寸の隙もない見事な修道院でした。
<教会入り口>
教会前のプレートには、「PETRO聖ペテロとPAULO聖パウロ」に奉納されたものという表示があります。 残念なのは、遠景が撮れなかったことです。 遠くからドナウ河を入れてメルクの風景を撮ること・・いつか実現させたいものです。
<マリー・アントワネット>
1770年にマリー・アントワネットがフランスのルイ16世の元に嫁ぐ途中、この修道院に一泊しているということです。
日本ではマリア・テレジアよりも有名ですが、 これは、悲劇の主人公が好きな日本人の性格によるもの?(笑)
<通路>
メルク修道院はどこを見ても、被写体です。建築物としても芸術品としても時間をかけて見る価値は十分です。 また、その展示物や装飾もすばらしいものでした。 螺旋階段の裏側や外の通路でさえ、被写体になります(笑)
<天気予報>
外に出ると、雨雲が通り過ぎていました。 このように、ドイツやオーストリアでは突然の雷雨になるかと思ったら、すぐに晴れ間が出てくるという変な天気です。 だから、天気予報を見ても、毎日「晴れ・曇り・雨・カミナリ」マーク!! 最初はバカにしていたのですが、これは、天気予報がいいかげんなのではなく、全部当たっているからです(笑)
⇒   3.ザルツブルクT



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